出町柳の“鴨川デルタ”は、休日は家族連れで賑わう京都でも人気のスポット。今回紹介するのは、“鴨川デルタ”から徒歩5分の速水矯正歯科です。この矯正専門の歯科医院では、長く働いているスタッフが多いとのこと。歯科衛生士の岡田さんと院長の速水先生に「はたらく現場」について伺います。

鴨川デルタと呼ばれる三角州。東から流れる高野川と、西から流れる賀茂川の合流点

一般歯科と矯正歯科で働くことの違い

取材に際して明るく迎えてくれたのは、新人育成も担当している歯科衛生士の岡田さん。早速、いろいろ伺ってみました。

まず初めに、こちらで働くことになったきっかけを教えて下さい。

「元々は一般歯科で働いていたのですが、自己都合で退職して就職活動をしていました。前職で月に数人、矯正の患者さんが来られて、歯を“治す”だけでなく“動かす”という部分に純粋に興味がありました。ハローワークで、この医院の求人をたまたま見て応募しました」

未経験で矯正専門の医院に転職、最初は不安だったと思います。働き始めの頃はどうでしたか?

「もちろん慣れるまでは大変でした。矯正治療独特のアシスト業務があるので、分からないことだらけ。恥ずかしいんですけど、治療に使う器具の名前すらわからなくて(苦笑)。最初は本当にやっていけるかな?という状態だったんですけど、院内で勉強会を開いてもらったり。特に、院長には本当に丁寧に教えてもらいました」

 一般歯科から矯正歯科に転職して一番変わったことは何ですか?

「正直、前職では虫歯一本治ったら、その後、通院してもらえないこともあったんですよね。リコールはがきを出しても、中々継続して来院してもらえなくて……でも、矯正治療は平均2年はかかります。期間が長い分、こちらの歯磨き指導や啓発に対して、背中を押しやすいっていうのはありますよね。矯正はやっぱり長い期間通っていただけるので、患者さんとのコミュニケーションは大切にできます」

“歯を綺麗にしたい”という若い患者さんが多く、歯科衛生士の提案がしやすい環境。患者さんとの距離が近く、スタッフ皆で寄り添うことが大切。ただ、そうするためには、スタッフ間のコミュニケーションが重要だと言います。

「コミュニケーションは、スタッフ側からというのは意識して考えています。こっち(スタッフ)が良い感じでまとまらないと、患者さんに対して良いコミュニケーションってできないんですよ」

力強く話す岡田さん、患者さんに対して真摯に向き合われていることが伝わってきます。この流れで仕事のやりがいも聞いてみました。

「MFT*という『歯の周りの唇や頬の働きを整えるトレーニング』があるのですが、自分で先生に相談して、MFTの講習会に行く機会をもらいました。講習会で身に付けたことを、ある患者さんに実践して、その結果、患者さんに矯正治療をしなくて済んだことがありました。患者さんの協力が必要なトレーニングですが、患者さんの喜ぶ顔が純粋に嬉しく思いましたね」

MFTとはトレーニングを行うことで正しく筋肉が機能するようになり、不正咬合(受け口や出っ歯など)の原因となる舌癖(ぜつへき)の改善・予防や、口呼吸の改善を行うことができます。矯正治療と並行してのトレーニングも効果的です。

みんなが長続きする職場の秘密

歯科業界では、早期離職など定着率が問題になることも多い中、速水矯正歯科では、歯科衛生士が10年と7年、受付の方も5年と長く勤めるスタッフが多いそうです。どういう理由があるのか気になるところ。

なぜ、皆、長続きするのでしょうか?

「単純に皆、居心地がいんですよ。結構、お酒も好きで飲みますし。とは言っても、しょっちゅう行くわけじゃないですよ(笑)。2~3か月に1回くらいですかね」

定期的な食事会やレクレーションも職員のペースに合っていることを感じます。また、年に1回、職員全員で海外に研修旅行に行かれるとか?

「研修旅行は、本当に院長が優しいんでしょうね。もう何回も行かせてもらってます。院長はリゾート地、海が好きなんですけど、たまには、海じゃなくて街にも行きたいです(笑)。こんなこと言っちゃうと怒られますかね(苦笑)皆、仲が良い分、けっこう言いたいことを言っている印象はありますけどね……」

自然に皆が言いたいことを言う。お話を聞く中で、個人が自分の役割を認識しているからだと感じます。この「言いたいことを言う」というのは難しいこともあると思うんですけど、そのあたりを聞かせて下さい。

「うちは、院長面談もあるんですよ。1年に2回ですけど、スタッフが困っている事とか、結構、自由に本音トークする機会があります。面談では個人の目標を言ったり、自分がどんなふうになっていきたいのか?っていうのは、よく聞かれます。それがあるかもしれませんね……」

院長の方針として「目標設定」を各個人レベルで大切にしているそうです。ここから院長の速水先生にお話を聞きます。

先生が、この「目標設定」を大切に想われるようになったきっかけを教えてください。

「僕が20年前勤務していた医院の院長先生に、『直近・中期・長期の目標を持って毎日を送らないとあっという間に時間が過ぎていくよと』という話を聞いて……僕もその時は、正直ピンときていなかったんだけど、その3年後、急に父が亡くなって、無計画な状況で医院を継ぐことになって。急に決まったことだし、バタバタすることもあって……目標に対して準備する事の大切さを学びました」

速水矯正歯科では、院長も含めて全職員が1年、3年、5年後の目標を設定し、毎年、正月明けに共有して、皆の見える場所に「個人の目標」を掲示するそうです。ただ、スタッフ同士で監視するのではなく、あくまでも各自が自分の為にしてほしいとのこと。また、歯科医院では珍しい「理念」をしっかり作りこみました。

「理念は10年前に『皆でこんな医院にしたい』ってディスカッションをしながら作ったんですよ。チーム皆の共通の目標や意識の旗印があれば、何か問題が起こった時にもスムーズに仕事が出来るかなと思って。“何のために仕事をしているか?”って共通の目標を持っていれば、冷静にまとまることが出来るでしょう」

面白いのは先生が1人で理念をつくられたわけではなく、スタッフ全員と一緒に意見を持ち寄って作ったこと。月1回のミーティングでは、この理念を皆で読み合わせる時間もあるそうです。

人間なので、時には些細なことでトラブルになることも。その時は、職員皆で「理念」に振り返ると言います。

この理念の中で一番実践が難しい部分は?

「正直に言うと“自己研鑽”は、意外と難しいですね。本を読む習慣や、休日にセミナーに行く他にも、自主的にスキルアップの方法を考えて欲しいなと思うけど……(笑)でも自分を含めて、休みの日にわざわざやるって、なかなか難しいですよね」

おちついた様子で話す速水先生。優しく見守るスタンスでスタッフと接している姿が想像できます。

人柄を大切に

10年間、母校で学生向けに矯正の講師も務める速水先生、将来の医師の育成にも力を入れて取り組んでいます。この医院で働く医師に求めることを聞きます。

「スキルなんて全くいらないですよ。イチから育てていきます。副院長も某国立大学で助手をしていた先生ですが、医院のやり方に慣れるため、最初の半年はやっぱり大変そうでしたね。昔いた女医の先生も矯正は全くの未経験だったけれど、半年間、基礎から教え込んで、一人前になっていきました。やっぱり技術よりも“人間性”。この理念について共感してくれる方が来てほしいですよね」

速水先生の元で勤務後、開業される先生も多いようです。先生にスタッフ定着のヒントを聞いてみました。

「そんな大層なことやってないですよ。ある意味、僕は皆の言いなりになってますよ(笑)。“言いなり”と言っても、『高い給与下さい』って言うスタッフなんていないですからね。『トイレのスリッパが古くなっているから買って下さい』とか……その程度ですよ」

「純粋に皆が気持ちよく働きやすいようにしたら良いと思いますよね。長く勤めてくれる人も多いですが、アルバイトは短期で辞めてしまう人もいますし、全員が100パーセント続くって訳じゃないですから。人だから、いろんな事情もありますからね」

取材部から一言

お話を伺って、速水先生の素朴な優しさがこの医院の魅力の一つだと感じました。皆が自身の役割に誇りを持ち、「信頼関係」を築いてきたからこそ、何でも言い合える雰囲気になったのではないでしょうか。現在は、求人は充足しているそうですが、今後、拡大による移転も検討されているので、タイミング次第では矯正歯科医師、歯科衛生士の求人が出るかもしれません。矯正分野に興味のある方には、素敵な環境だと思いました。